2024/04/25 20:03 |
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2013/04/01 00:49 |
侍女長の日記 -7 |
ダンバートンは最早、街の様相を呈していなかった。
かつては金銀財宝に溢れ、この世の富と財のすべてが集まったかのような絢爛豪華な東西南北の
飾り立てられた門はすべて閉ざされ、そこからは誰も出てこない。
時折、守備隊の兵士が攻囲している我が軍に向かい投石を行うが、最早無意味。
出てきた瞬間狙撃され転落する。何人もそんな哀れな死体を見てきた。
戦が始まって10日目、死んで疫病を発症し始めている牛を遠投投石器で投げ込んだ効果が
徐々に現れ始めているらしい。疫病が蔓延し、ダンバートン備蓄の医薬品では足りないそうなのだ。
まず老人や女子供が感染する。体中に恐ろしいほどのブツブツが現れ、それから血を噴き出し死ぬ。
元々ウルラ大陸には存在しなかった疫病だけあり、抗生物質では何の役にも立たない。
街中が死体だらけになり、人々は疫病への感染を恐れ、遺体を埋葬しようとしない。
それがどんなに親しかった人でも、家族でも尚更だ。
時折降り注ぐ砲弾もそれを邪魔するのだろう。
城門は開かない。いや、開けないに違いない。もう開くような屈強な守備兵がいないのだから。
今やダンバートンは飢えと病の街に変貌している。噂によればデトワイラーは部下や家族を見捨て、
愛人とともにカブ港に逃れ、そこからベルファスト自治領へと逃避行したそうな。
つまり、城壁内は既に、厭戦ムードどころか、統制の取れていないゴミ共しかいないことになる。
だかここに来て公は攻撃の命令を下さない。
『畏れながら申し上げます!今突撃の号令を御下命下されば、こんな街一捻りです!』
第1師団長、フリードリヒ=フォン=ザルツベルグ大将の進言は、公の一言で白紙撤回された。
『謀叛とはどのような結末を迎えるのか、骨の髄まで分からせ、二度と反逆しないように教育しているのだ』
不思議なことに、疫病は我が兵士には蔓延しなかった。
公は恐らくこの病の正体をご存知に違いない。何故ならすべての兵士に薬を飲ませた。
逆らい、飲まなかった兵士を銃殺刑に処してまで。
だから攻囲中も部隊は気楽なもので、酒も振舞われるし毎日が宴会騒ぎ。
旨そうな匂いに当てられて顔を出した敵兵は、いつもの如く撃たれ転落する。
そんな不気味な日々が続いたある日のことだった。
『閣下、旗です。旗色は白旗、降伏の模様』
伝令が公に伝える。既にやせ細り、旗を持つ腕もおぼつかない敵兵が、白旗を振るのが、
本陣からも良く見えた。久々に雨が上がった、そんな昼過ぎのことだ。
誰もが城門の開放を待ち構え、突撃準備をしていたときだった。
『重砲部隊に伝令。砲撃開始、全市攻撃、都市ごと粉砕せよ』
突然の砲撃命令に、その場にいた第1師団参謀長ゲオルグ=フォン=ドルツ中佐は聞き返した。
『砲撃ですか?しかし敵は』
言葉は続かない。
いつの間にか抜き放たれた公の刃が、彼の首を落としていたから。
『何をしている。重砲部隊にさっさとケリを付けろと命じよ』
動揺する司令部。幕僚たち。
『降伏を示す余裕があるということは、まだ生きている者が大勢いるということだ。殺し尽くせ』
『…』
東洋では、彼女のような人間を『悪鬼羅刹』と呼ぶそうだ。
まさか、そんなものにこんなところでお目にかかれるとは。
砲撃命令から30分後。
最新鋭の203粍重加農砲、15門が一斉に火を吹く。
その振動ははるか後方、オスナサイルの崖を崩すほど激しく、着弾の衝撃は、爆風となり
攻囲部隊を襲う。都市区画はたった15発で灰燼に帰し、うめき声と絶叫が木霊する。
崩れた城壁の間から、まだ動ける一般人が飛び出してくる。自由だ!やった!と叫びながら。
だが目の前に展開した、人を撃ち殺す快感を覚えたケダモノたちは、容赦ない一斉発射を浴びせる。
最新鋭銃器、マキシム軽機関銃が火を吹くたび、市民が一人また一人と地面に倒れる。
迫撃砲は水平発射を試み、四肢は木っ端微塵に粉砕される。
その猛烈な銃声に飛び出そうとした市民は撤退した。
たった一人を除いて。
『フランツ!フランツ!何処にいるの!』
恐らく息子を探す母親だろう。硝煙煙る中を何も知らず飛び出してきた女は。
『撃つな!』
『小隊長!』
ある小隊長は、部下に撃つなと命令した。
『子供が生きているかもしれない。せめてもの情けだ。撃つな』
件の女は、確かにフランツを見つけたようだ。地面に折れて泣き崩れて。
それは、迫撃砲で木っ端微塵にされた、胴体の一部だったに過ぎないが。
『…もう生かす必要もなくなった、子どものところに送り届けてやれ。てーっ!』
迫撃砲が一発、水平発射。
母親は、子どもの亡骸もろとも、骨も遺さず爆散した。
圧倒的な攻撃は2時間弱続き、およそ生きている人間は殺し尽くした。
残るは今にも死にそうな病人と飢え死に寸前の弱者。
情けも容赦もない公の判断は、次なる作戦へと進む。
『ここまで持ちこたえるという事は、地下組織がいる可能性もある。くまなく調べよ』
標的は、意図的に目標から外していたダンバートン教会。
敵中斬り込み部隊、100人は城壁のスキマから、闇夜に紛れ突入していくのだった。
かつては金銀財宝に溢れ、この世の富と財のすべてが集まったかのような絢爛豪華な東西南北の
飾り立てられた門はすべて閉ざされ、そこからは誰も出てこない。
時折、守備隊の兵士が攻囲している我が軍に向かい投石を行うが、最早無意味。
出てきた瞬間狙撃され転落する。何人もそんな哀れな死体を見てきた。
戦が始まって10日目、死んで疫病を発症し始めている牛を遠投投石器で投げ込んだ効果が
徐々に現れ始めているらしい。疫病が蔓延し、ダンバートン備蓄の医薬品では足りないそうなのだ。
まず老人や女子供が感染する。体中に恐ろしいほどのブツブツが現れ、それから血を噴き出し死ぬ。
元々ウルラ大陸には存在しなかった疫病だけあり、抗生物質では何の役にも立たない。
街中が死体だらけになり、人々は疫病への感染を恐れ、遺体を埋葬しようとしない。
それがどんなに親しかった人でも、家族でも尚更だ。
時折降り注ぐ砲弾もそれを邪魔するのだろう。
城門は開かない。いや、開けないに違いない。もう開くような屈強な守備兵がいないのだから。
今やダンバートンは飢えと病の街に変貌している。噂によればデトワイラーは部下や家族を見捨て、
愛人とともにカブ港に逃れ、そこからベルファスト自治領へと逃避行したそうな。
つまり、城壁内は既に、厭戦ムードどころか、統制の取れていないゴミ共しかいないことになる。
だかここに来て公は攻撃の命令を下さない。
『畏れながら申し上げます!今突撃の号令を御下命下されば、こんな街一捻りです!』
第1師団長、フリードリヒ=フォン=ザルツベルグ大将の進言は、公の一言で白紙撤回された。
『謀叛とはどのような結末を迎えるのか、骨の髄まで分からせ、二度と反逆しないように教育しているのだ』
不思議なことに、疫病は我が兵士には蔓延しなかった。
公は恐らくこの病の正体をご存知に違いない。何故ならすべての兵士に薬を飲ませた。
逆らい、飲まなかった兵士を銃殺刑に処してまで。
だから攻囲中も部隊は気楽なもので、酒も振舞われるし毎日が宴会騒ぎ。
旨そうな匂いに当てられて顔を出した敵兵は、いつもの如く撃たれ転落する。
そんな不気味な日々が続いたある日のことだった。
『閣下、旗です。旗色は白旗、降伏の模様』
伝令が公に伝える。既にやせ細り、旗を持つ腕もおぼつかない敵兵が、白旗を振るのが、
本陣からも良く見えた。久々に雨が上がった、そんな昼過ぎのことだ。
誰もが城門の開放を待ち構え、突撃準備をしていたときだった。
『重砲部隊に伝令。砲撃開始、全市攻撃、都市ごと粉砕せよ』
突然の砲撃命令に、その場にいた第1師団参謀長ゲオルグ=フォン=ドルツ中佐は聞き返した。
『砲撃ですか?しかし敵は』
言葉は続かない。
いつの間にか抜き放たれた公の刃が、彼の首を落としていたから。
『何をしている。重砲部隊にさっさとケリを付けろと命じよ』
動揺する司令部。幕僚たち。
『降伏を示す余裕があるということは、まだ生きている者が大勢いるということだ。殺し尽くせ』
『…』
東洋では、彼女のような人間を『悪鬼羅刹』と呼ぶそうだ。
まさか、そんなものにこんなところでお目にかかれるとは。
砲撃命令から30分後。
最新鋭の203粍重加農砲、15門が一斉に火を吹く。
その振動ははるか後方、オスナサイルの崖を崩すほど激しく、着弾の衝撃は、爆風となり
攻囲部隊を襲う。都市区画はたった15発で灰燼に帰し、うめき声と絶叫が木霊する。
崩れた城壁の間から、まだ動ける一般人が飛び出してくる。自由だ!やった!と叫びながら。
だが目の前に展開した、人を撃ち殺す快感を覚えたケダモノたちは、容赦ない一斉発射を浴びせる。
最新鋭銃器、マキシム軽機関銃が火を吹くたび、市民が一人また一人と地面に倒れる。
迫撃砲は水平発射を試み、四肢は木っ端微塵に粉砕される。
その猛烈な銃声に飛び出そうとした市民は撤退した。
たった一人を除いて。
『フランツ!フランツ!何処にいるの!』
恐らく息子を探す母親だろう。硝煙煙る中を何も知らず飛び出してきた女は。
『撃つな!』
『小隊長!』
ある小隊長は、部下に撃つなと命令した。
『子供が生きているかもしれない。せめてもの情けだ。撃つな』
件の女は、確かにフランツを見つけたようだ。地面に折れて泣き崩れて。
それは、迫撃砲で木っ端微塵にされた、胴体の一部だったに過ぎないが。
『…もう生かす必要もなくなった、子どものところに送り届けてやれ。てーっ!』
迫撃砲が一発、水平発射。
母親は、子どもの亡骸もろとも、骨も遺さず爆散した。
圧倒的な攻撃は2時間弱続き、およそ生きている人間は殺し尽くした。
残るは今にも死にそうな病人と飢え死に寸前の弱者。
情けも容赦もない公の判断は、次なる作戦へと進む。
『ここまで持ちこたえるという事は、地下組織がいる可能性もある。くまなく調べよ』
標的は、意図的に目標から外していたダンバートン教会。
敵中斬り込み部隊、100人は城壁のスキマから、闇夜に紛れ突入していくのだった。
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